Get Things Right

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権威なき影響力

スイフトには定型フォーマット電文とフリーフォマット電文がある。フリーフォーマット電文はその名のとおりフリーフォマットなので、内容は自由。読んで見なければ何が書いてあるかわからない。

何百人と作業分担をしている場合、誰がそのフリーフォマット電文に責任を持つか明確ではないことがある。それぞれの作業者は役割が明確に決まっているが、その役割にピタリと当てはまらない電文が送られる。誰がそれを処理するの?もちろん誰もやりたくない。しかしそれを処理しなければ、顧客に資金が行き届かない。でも「私」の責任じゃないし。。

そんな時、適切な作業者を見つけて、責任を付与し自分の手柄とすることを「accountabilityの構築」という。怖そうな顔をして物を頼む。ランチをおごるからと物欲でそそのかす。心地よいストーリを作り出し、なぜかその人が責任をもたなければいけないように仕向ける。ひたすら懇願する。等々。これらは「Influence without Authority(権威なき影響力)」と呼ばれ、組織の中で仕事をするための大事なスキルだ。

権威の後ろ盾がないのにも関わらず、人に責任を負わせ、人を動かすことはリーダーシップスキルともソフトスキルとも言われる。誰もが平等に、その責任を負わない権利があるとしても、組織として結果を出すために、誰かがその責任を負わなければならない。

大概頼みやすい人、人が良い人が頼まれ、責任を負ってもらうことが多い。良い人が不平等に責任を負わされる組織の現実。

「どうしたらいいだろう」と考えていたらふと「これって共産(社会)主義なら起こらない問題では」との思いが頭をよぎった。共産(社会)主義国家では頑張っても、頑張らなくても結果、平等だ。だが資本主義社会には競争がある。ここでは顧客に資金送金サービスを届けなければ、組織自体が競争で淘汰されてしまう。だから誰かが責任を負い、悪い影響は内部に閉じ込めておかなければならない。たとえ内部では矛盾を生み「良い人」が苦しむとしても。。。。

そうやって組織は動き、社会は回る。動かない組織は淘汰され、新しい組織にとってかわり社会は回り続ける。このこと自体が良い悪いではなく、そうでなければ社会は崩壊してしまうことは歴史が証明している。同様に共産主義は組織を動かし、社会を回し続けるために権威(官僚機構)を肥大し続け、人が権威の命令に従う奴隷(ロボット)的な地位となったことも。