Get Things Right

My English blog is here http://getthingsright.blogspot.com/

  臨機応変

中国の代表的兵法古典、武経七書孫子呉子尉繚子六韜三略司馬法李衛公問対)を読んでみた感想を徒然に語る。

孫子」は高みを極めている。考えたのは、紀元前500年の春秋時代という大昔に書かれたものが、なぜ後世の兵法書より優れているのだろうか。後世に書かれたものは、孫子を参考にし、その上に書かれているのだから、より優れているはずなのにと。思うに真に革新的なアイデア(例えば、「自己を知り相手を知れば百戦危うからず」)とは、それが土台になり、後世の人はその呪縛から離れられないのだ。だから、「孫子の前に孫子なし、孫子の後に孫子なし」ということが起こる。

話は飛ぶが、映画マトリックスは、アクションシーンという時間の流れが速いはずの描写の中に、ゆっくりとした時間軸と自由な空間軸という斬新なアイデアで、後々の映画に影響を与えた。その後の映画では「マトリックスみたい」と思う映画が散見されるようになった。実際は映画マトリックスより、より巧妙で精密な描写かもしれないが、時がゆっくりと流れるアクションシーンをみると「マトリックスみたい」と頭がかってに認識する。核心においてアイデアを真似している映画は、アイデアを最初に提示した映画にはかなわない。

何が勝利をもたらすのだろう。答えを探して中国古典を読み漁ってたどり着いた結論は「臨機応変」。そして「理解しよう」とう態度が、逆に理解から遠ざかる原因になりえること。たとえば法則性、因果関係を見出そうという態度は、一度見出された法則の惰性に流される原因となりえる。例えば「成功の要因は努力だ」と過去に見出されれば、現在において第一になされることは「努力」であり、新しい成功の要因を見出すことや、変わりゆく周囲に対する注意深い観察が二の次となる。

「理解しようとしない」が理解する鍵となりえるとは、また逆説的だ。理解という建前のもと、物事を単純化しようとする努力がことの本質から遠ざける。過去の理解が、今日の目を曇らせる。物事は多くの要因が複雑に絡み合うブラックボックスなのだから、理解の名のもと単純化(たとえひとつの要因を取り除くことでも)全く別の結論が導き出されることがありえるのだ。

臨機応変」の文脈のもと鋭い観察眼そして、詭道・王道を使いこなす選択肢の自由度の広さが兵法の魅力いえよう。また戦争を題材した兵法は現代の組織論、部下と上司そして戦略論との接点が広いのもまた魅力だ。

最後に「臨機応変」いう態度は、頑なまでに「理解し、法則に落とし込もう」という態度の対極にある。自分は後者の態度、それは前者から見れば愚かに映るかもしれないが、後者の態度しか突き破れない壁があることは、西洋文明が近代に入って科学いう圧倒的な普遍性を以ってして、世界を席巻した事実から推し量ることができると思っている。

六韜 (中公文庫)

六韜 (中公文庫)

三略 (中公文庫BIBLIO S)

三略 (中公文庫BIBLIO S)

司馬法・尉繚子・李衛公問対 (全訳「武経七書」)

司馬法・尉繚子・李衛公問対 (全訳「武経七書」)