五輪書 宮本武蔵
日本の兵法古典「五輪書」は予想以上のものだった。結論は中国の兵法古典と同じく「とらわれない」。武蔵はそれを「空」と表現している。すべての状況を包み込む、法則がありえるのならばそれは「空」もしくは「無限」しかない。中国の兵法が集団対集団を想定しているのに対し五輪書は一対一、集団対集団そして1対集団にまで、おなじ道理が貫かれることに言及している。
武蔵はまた「見切る」ことを重視している。自分はこれを「相手の型を知り、自分の力量や選択の幅に鑑みて、戦う前に勝敗を知ること」と理解した。これは孫子の「己を知り相手を知る」に通じる。特に感銘を受けたのが、実例が一対一や集団対集団と変わっても、道理が普遍であり、それは「心の持ちよう」から「生き方」までも通じるということ。武具なら弓、槍、銃はもちろん、剣でも短刀、長刀そして片手・両手と様々に使いこなし、長所・短所を知ることでこそ臨機応変な選択肢が生まれる。二刀流も選択肢の一つのに過ぎない。書家、絵師、彫刻家としても一流、読み書きもこなし禅の知識も豊富と、武蔵は戦国時代直後の武士としては別格。
武蔵は天才だった(多芸ぶりがレオナルド・ダビンチっぽい)。激しい求道心を伴った。でなければ「空」という結論にはたどり着かない。
だから彼の創始した二天流はその後の剣術の本流にはならなかった。構えにこだわることや奥義・秘儀として太刀筋に立派な名前をつけることを退け(人を切るのに奥も表もないという)、人それぞれに覚えやすいもの、使えるものから教えていくという徹底的な合理主義はその理が見える人のみが実施できことである。それより限られた型を、教えられた通りひたすら繰り返して型にはまっていくのが万人の道であろう。事実、そのような流派が現在の剣道として残っている。
「見切る」のは難しい。勝負の前に相手がはまっている型を見極めて、自分の型を最も有利なものとする。自分自身の評価が定まっていなければ、相手の評価も定まらない。鋭い観察眼に加えて見切った後、自身の選択肢が豊富でなければならない。天才が膨大な努力の結果たどり着く境地。そして「見切る」ことができた武蔵だからこそ、自分自身さえも「客観」の対象とし、五輪書のような書物を書くことができたと思われる。
参考
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