バコン CBDC(Central Bank Digital Currency)
カンボジアでCBDC(Central Bank Digital Currency)、ブロックチェーンベースの中央銀行デジタル通貨バコンが10月28日より正式運用が開始された。正式運用といえども、以前よりテスト期間として運用されていたので10月28日が形式的な意味合いが強い。
なぜカンボジア中央銀行はCBDCを導入したのか。その前提となるカンボジア経済を説明する。
1.米ドル経済
カンボジアは長い内戦を経た後、国際連合カンボジア暫定統治機構(UNTAC)に統治され、国連の平和維持活動(PKO)の対象となった。多くの軍人、警察官、官僚が各国より派遣され、また多くの現地カンボジアスタッフもUNTACに参加した。そして給料は米ドルであったため、市中に米ドル紙幣が流れ込んだ。UNTACが去ったあとも、現地通貨カンボジアリエルよりも米ドルの信任は厚く、現在でも米ドルがカンボジア経済で大きな役割を占める。
外国の会社は為替リスクを回避するため、米ドルでの投資を好む。そのためカンボジアにとって米ドル経済は、海外投資を呼び込むのに都合がよい。また海外資本が米ドルを使って、マイクロファイナンスという農村部に対しい高利貸し事業に営んでいるため、米ドル使用が農村部までに広がっている。
米ドルを使用している限り、カンボジアの中央銀行は金融政策の余地がなく、中銀はカンボジアリエルの使用率を高めることで金融政策(金利の上げ下げなど)が実施できる。
2.スマートフォンと電話番号を使った送金サービスの発達
カンボジアは携帯電話、特にスマートフォン普及率が高い。そのため数年も前から電話番号を使用した、送金サービスが普及している。送り手は受け手の携帯番号さえ知っていれば、お金と携帯番号を代理店に渡し、SMSを受け取った受け手は、地元の代理店でお金を引き出せる。このような送金業者たちをPSIs(Payment Service Institutions)という。
カンボジアの田舎には銀行の支店やATMがない。人工密度の低いカンボジアでは銀行は都市部を中心に支店を出し地方に手が回らないことが多い。PSIの代理店ならば地方にもある。しかしPSIは規制が弱く、数年前に倒産事例があり、農村部の人々が預けていたお金が戻らなくなってしまった。銀行ならば比較的安全で、借入金もマイクロファイナンスより金利が低い。このように銀行に対してアクセスがないことで受ける不利益の問題を金融包摂(Financial Inclusion)の問題という。
カンボジア中銀は国内銀行間の決済(内国為替)はACH、国内銀行間のATMの接続はCSSと国内金融機関に向けて、決済システムを提供している。しかし多くのカンボジア国民は銀行口座を持たず、送金にPSI業者を使用している限り、中銀が提供する決済インフラの外で、資金が循環する状態が続く。すなわち、金融包摂の問題とは国民側から見れば、銀行サービスへのアクセス欠如という問題だが、中銀から見れば米ドルを使用してPSI業者のシステム内で資金が循環している状況は、中銀の役割が大きく縮小している問題となる。
以上述べたことに対する対策の一つして、中銀が直接モバイルアプリを提供しデジタル通貨を発行することは、A)カンボジア国民に対して安全にお金を預ける手段を中銀が提供する。B)紙幣通貨を電子化することにより貨幣の利便性を高め、且つ信頼性が高い決算手段を提供する。そしてC)中銀の経済での役割を拡大させ、カンボジアリエルの使用が高まることで金融政策手段を持つことなる。
ではバコンは成功するのであろうか。まずはバコンのアプリをダウンロードしてもらわないと始まらない。個人がダウンロードすれば、送金につかえる(相手もバコンを使用しているなら)。また商店やタクシードライバーが使用を開始すれば、物やサービスの購入の支払手段となる。銀行口座も普及しておらず、かつクレジットカード決済も一般的でないカンボジア経済に、バコンアプリを普及させていくには、バコンのQRコードを各商店においてもらう、個人に対してはバコンのメリットを消費者にアピールしてダウンロードしてもらうなどプロモーション活動が必要と思われる。
最後に、バコンは市中銀行から見たところ送金業務、預金業務(バコンに金利は付かないが)と競業関係にある。同時にバコンでは本人確認等の業務は市中銀行が担うことになっているため、市中銀行の協力が欠かせない(銀行が本人確認をしたあとは送金の限度額が上がる)。バコンにより中銀と市中銀行の役割分担は変わるのか(または市中銀行の役割は縮小するのか)?そしてブロックチェーン技術の特性を応用した、より高い利便性のサービス(例えばクレジットスコアリングや取引の自動化)等は生まれるのか?今後バコンがカンボジア経済をどのように影響を与えるのか注目される。
参考: